労運研第9回研究会 「水道事業民営化について考える」

東水労の中川崇さんを講師に「水道事業民営化」について

 

 

労運研第9回研究会を825日に開催しました。今回の研究会は「水道事業の民営化について」をテーマに、全水道東京水道労働組合の中川崇さんを講師に招き、お話を伺いました。

 

 現在「水道事業の民営化」は世界的規模で進行しています。日本に於いてもその動向を免れられないのですが、あまり知られていないのが現状です。実際には、水道施設に関する公共施設などに関する運営権を民間事業者に設定できる仕組みの2018年4月からの導入を図る「水道法の一部を改正する法律案」が国会に上程され、継続審議になっており、水道事業における民営化をめぐる問題は喫緊の課題になっています。今回の研究会はこうした状況を受けて開催しました。

 

 以下は中川さんのお話の要旨を事務局でまとめたものです。

 

水道事業を知るために、はじめに、古代ローマの古代水道と、1829年に英国で始められた近代水道と水道事業の歴史について、水が生命、文明の源であり、水争いの元でもあったことなど、水の重要性を再認識させる話を交えて話がされました。

 

 

 

【水道事業の民営化の流れ】

 

水道事業の民営化への転機は、1992年に開催された「水と環境に関する国際会議」におけるダブリン宣言(ダブリン4原則)の中の「水は経済的な価値を有し、経済財として認識されるべきである」が発せられたことにあると言えます。1995年には、当時世界銀行副総裁であったセラゲルディン氏は「20世紀は石油を巡る戦争であった。だが21世紀は水を巡る戦争の時代になるだろう」と述べたことに象徴されるように、1990年代半ばから新自由主義政策に加え、21世紀の水争奪戦を視野に多国籍資本と世界銀行・国際通貨基金(IMF)が動き出しました。こうした中、国連は国連ミレニアム・サミットで「2015年までに、安全な飲料水と基礎的な衛生施設(下水道)を継続的に利用できない人々の割合を半減する」目標を掲げ前述の動きを後押しすることになります。ちなみに世界の3大水ビジネス企業は、フランスの、ヴェオリア、スエズと英国(後にドイツ資本が買収)のテムズ・ウォーターです。日本も荏原、日輝、三菱商事が出資し、東京都水道局との技術提携のもと「水ing」というアジア最大規模を目指す会社を立ち上げており、国からの支援の拡大と事業への参入を狙っている段階です。水道事業の民営化は、年金基金が投資先として投入されるように民間水道企業が投資対象になることを意味しています。そのために様々な弊害も伴ってきます。

 

世界の水道事業の民営化を見ると1980年代は、世界各国での財政危機を背景に世界銀行とIMFが水道事業の民営化を推進しました。民間企業は利潤追求をはかるため、「現行の料金逓増性や節水と相反する」だけでなく、後述するように問題が多発し、再公営に向かう動きが世界的には潮流となっています。実際2015年までに、37カ国235事業体で再公営化が行われています。

 

 

 

●民間企業による劣悪な管理運営

 

ダルエスサラーム(タンザニア)、アクラ(ガーナ)、マプート(モザンビーク)

 

●投資の不足

 

 ベルリン(ドイツ)、ブエノスアイレス(アルゼンチン)

 

●事業コストと料金値上げをめぐる対立

 

   アルマイト(カザフスタン)、マプート(モザンビーク)、インディアナポリス(米)

 

●水道料金の高騰

 

ベルリン(ドイツ)、クアラルンプール(マレーシア)

 

●民間事業者への監督の困難さ

 

アトランタ(米)

 

●財務の透明性の欠如

 

グルノーブル(フランス)、パリ(フランス)、ベルリン(ドイツ)

 

●人員削減と劣悪なサービス品質

 

アトランタ(米)、インディアナポリス(米)

 

 

 

【日本での動き】

 

 日本に於いては新自由主義の大きな流れにも関わらず、水に関しては、これまで「強力なナショナリズム~安全保障と水」(自民党「水の安全保障研究会」水の安全保障戦略機構「チーム水・日本」)という壁に阻まれ、「一周遅れの水ビジネス」という状況にあったといえます。しかし、フランス企業のヴェオリアが2006年と2009年に広島市、埼玉県、千葉県で運転維持管理業務を受託すると、石原元東京都知事が対抗的反応を強く示しました。政財官学は世界の水道民営化の失敗を総括し、日本の水道事業の海外進出を目指し出しています。当時猪瀬直樹氏は「水の大東亜共栄圏」発言をしていたりします。

 

 経済産業省は、原子力発電、高速鉄道、水ビジネスを成長戦略と位置づけて、「国際貢献」に名を借りて経済進出を進めています。また産官学で産業競争力を高める政策提言を行う「産業競争力懇談会」は「急拡大する世界水ビジネス市場へのアプローチ」をテーマに報告書を2008年に出しました。こうして官民連携による水の技術移転、国際貢献による海外進出が進められてきています。

 

 

 

【水道事業の現状】

 

水道法は原則市町村による運営を定めています。水道事業体は全国で1,351です。また水政策は、厚労省、国交省、経産省、環境省、農水省、総務省と多くの省庁にまたがる完全な縦割り行政の中に置かれています。料金格差も最低と最高では約10倍の差があり、スケールメリットを図る場合、広域化を行えば料金の低いところ(多くは大都市圏で利用者数が多い)を上げざるを得ません。一方で、人員削減、退職不補充により技術の継承、人材育成がうまくいっていない状況があります。更に施設の更新や耐震補強が必要な時期になっていて多額の資金が必要な時期に達しています。また施設の老朽化による自然災害リスクを抱えて民営化も進んでいないのが状況です。

 

 

 

2017年水道法の改正と大阪市での水道事業民営化】

 

現在国会では水道法の改正が継続審議中です。この中ではコンセッションという民営化の手法が取り上げられている。指定管理者制度が「施設の所有と運営権は自治体が持ち、運営を任せる」ものであるのに対しコンセッションは、「運営権も民間に任せる」ものであり、「施設中の設備も、料金も」民間に任せるもという違いがあります。

 

背景には人口減少、需要減、施設更新費用増などによる水道料金引き上げ問題があります。民営化と民間活力導入が決して料金引き下げを目的にしたものではありません。水道料金の引き上げは水道事業TOPの最大の悩みなのです。

 

大阪市水道局では、前大阪市橋本市長が府知事時代、二重行政の解消を目的に府内水道事業の統合進めようとしましたが議会で否決されました。すると今度は水道事業の民営化に舵を切り、施設は市が保有し、運営権を民間企業に渡すという水道の「上下分離」を打ち出しました。しかし、これも議会で否決され、現吉村市長は、施設は市が保有し、市が100%出資する新会社が運営する「上下分離」型を再提案してきました。2017年3月市議会で、病院、交通、下水道の民間譲渡が条例化される中で、水道事業民営化条例は廃案にすることができました。このことは市民の取り組みと市民運動のバックアップがあってこそ実現できたことです。

 

水道法の改正問題をはじめとした、水道事業の民営化に抗する取り組みにおいては、「料金」「水質」「水量」などへの市民の目線に立った「公営」へのこだわりも重要です。貿易自由化の流れの中で、今後は「水道法」自体が関税障壁とされ問題視されることにもなりかねません。

 

最後に、「愛のない人生を送った人は多いが、水のない人生は誰も送ることはできない」というW.Hオーデンの詩の引用で、水問題の重要性を訴えてお話を締めくくられました。その後、質疑を受けた後、研究会は終了しました。

 

(文責:事務局)

 

労運研第8回研究会「地方の非正規公務員の処遇待遇を如何に実現するか」

地方自治体非常勤職員の働きかた改革をめぐって

多くの問題を孕む地方公務員法及び地方自治法改正案

和田隆宏都労連書記長を講師に研究会を開催

 

 地方自治体の短時間公務員の働かされ方が社会的問題になる中、安倍政権による「同一労働同一賃金」の論議など「働き方改革」の動向を踏まえ、総務省は2016年夏に「地方公務員の臨時・非常勤職員及び任期付き職員の任用等の在り方に関する研究会」を設置しました。同年12月に研究会は報告書を提出。しかしその後「地方公務員法及び地方自治法の改正法案」としての法制化に至る過程で、地方自治体の意見を反映したとして「報告書」からも大幅に後退した中身に置き換えられました。4月13日には参議院本会議で、511日衆議院で可決成立しています。

 

この法改正は、現在64万人いる地方公務員の臨時・非常勤職員のうち、労働者性の高い職員を原則として新たに設ける一般職非常勤職員に任用替えを行なうというものです。地方公務員の臨時・非常勤職員は民間の労働者に適用されるパート労働法や労働契約法も、公務員に適用される地方公務員法も適用されず、法の狭間に置かれているといわれます。こうした地方公務員の臨時・非常勤職員を新たな仕組みとして整理し、現在は支給することができない期末手当などの手当を支給することを可能にするというものです。一定処遇改善の足がかりにはなるものの、財政措置がない中では、処遇改善どころか、非常勤職員の削減・雇用止めの多発も懸念されています。また労働組合法が適用される「特別職非常勤職員」から地方公務員法適用の「一般職非常勤」へ変わることで、協約締結権、争議権がはく奪される問題も生じます。

 

こうした問題点について明らかにし、どう対応すべきかを考えるために労運研は和田隆宏都労連書記長を講師に法案成立前に第8回研究会を開催しました。

 

東京都における2015年度実施の、非常勤職員の「特別職」から「一般職」への変更は、「在り方に関する検討会」でもヒアリングを受けています。和田さんには都における非常勤職員の取組みと現状を中心に、今回の法令化の問題点について話していただきました。

 

 

都労連での非常勤職員問題の取り組み

 

自治体の非常勤はこの10年で19万人増加し64万人になっています。その一方で正規職員は30万人削減されました。自治体職場で非常勤化は民間委託化と並ぶ人員削減合理化の2本柱になってきました。その結果、東京都には警視庁と消防庁を除く職員10万人中2割近い非常勤職員がいます。そうした非常勤職員の雇用、労働条件などの交渉は、5単組の連合体の都労連では、従前は各単組が当局とそれぞれが直接交渉をしてきました。しかし都労連自体としても非常勤問題を各単組まかせとはいかず、2010年の確定闘争から取り組みを始めました。

 

 

都における非常勤職の特別職から一般職への任用替え

 

20147月の総務省通知を受け、それまで東京都の非常勤職員は地方公務員法3条3号3項を根拠とする特別職非常勤でしたが、同法17条を根拠とする一般職非常勤として任用を検討する意向を示してきました。東京都はそれまで非常勤職員の労働条件に関して、これを任用の条件=管理運営事項と言い、労働組合の交渉事項でないとの姿勢を示していました。都労連としては、一般職としての任用を検討するにあったって、その勤務条件について都労連との協議事項にすることを求め、非常勤職員制度に関する交渉権を、このとき確立しました。

 

都の当初提案では、①一般職非常勤の職の基準は、概ね月16日勤務かつ7時間45分勤務の職 ②選考は公募を原則 ③休暇等は概ね特別職非常勤であった従前の専務的非常勤の水準を確保し一部拡大 ④個々の非常勤職を詳細に分析し一般職非常勤と特別職非常勤の職を判断 というものでした。交渉の最終回答の主な内容は、①行政実例において特別職と明示されている職またはそれに類すると認められる職以外は一般職非常勤として類型化 ②公募によらない4回の更新限度に達した職員が、公募に応募して能力実証の結果、再度任用されることは妨げない ③営利企業の従事制限について、法の趣旨を損なわない範囲で、弾力的に行う ④報酬については常勤職員の給与との均衡を考慮し、前年度の報酬を基準として、各年度の4月1日に非常勤職員の給与の改定率により決定する というものです。報酬額の大幅な引き上げ、手当支給、昇給制度導入、さらに雇用期間の定めのない任用にすることや、4回までとしている更新回数の制限を撤廃することなどの要求は実現せず。重点要求として毎年交渉しているが不十分な状況で取り組みを継続している。

 

こうした提案の背景には職員定数の大幅な削減(知事部局等93年 49,430名→13年 24,980名)、団塊世代の大量退職によるスキルの維持の困難から、再任用終了後も再雇用ができるようになるなど、再雇用代替等による専務的非常勤設置の飛躍的増大(93年 54職→13年 351職)という都庁の内部環境の変化が大きい。

 

「地方公務員の臨時・非常勤職員及び任期付き職員の任用等の在り方に関する研究会」報告書並びに改正法案の概要

 

(1) 総務省研究会報告書 (20161227日)

 

  1. 特別職非常勤職員については専門性の高い者(委員・嘱託)に限定する

  2. 臨時的任用職員の任用は常勤の職に欠員が生じた場合だけに限定する

  3. 上記以外はすべて一般職非常勤職員に移行する

  4. 労働者性の高い者が類型化される一般職非常勤職員について、常勤職員同様給料及び手当を支給できるよう給与体系を見直し、通勤手当、超過勤務手当、退職手当、期末手当を支給できることとする

  5. 具体的な実施に向け2年間程度の準備期間を設けることが必要

    (2)地方公務員法及び地方自治法の改正法案 (2017年3月7日閣議決定・国会提出)

     「会計年度任用職員(仮称)の任用等に関する規定を整備するとともに、

    特別職の任用及び臨時的任用の適正を確保する」

 

  1. 会計年度任用職員 地公法改正法案  「22条の2」新設

    ・一会計年度を超えない範囲で設置される一般職非常勤地方公務員

    ・採用方法は競争試験または選考による

    ・任期は、採用の日から同日の属する会計年度の末日までの期間

    22条の2  1項1号 常勤職員と比して勤務時間が短い(パートタイム)

                 1項2  常勤職員の勤務時間と同一(フルタイム)

                 7項   条件付き採用期間について1月

  2. 特別職の任用及び臨時的任用の適正の確保

    ・一般職以外の特別職非常勤職員について「臨時又は非常勤の顧問、参与、調査員、嘱託員及びこれらに準ずる者の職」の範囲は、専門的な知識経験又は識見に基づき、助言、調査、診断を行うものに限定   地公法改正法案33項3号

    ・臨時的任用について「緊急の場合、臨時の職に関する場合又は採用候補者名簿がない場合」に該当することに加え、「常時勤務を要する職に欠員が生じた場合」に該当することを要件に追加して、限定   地公法改正法案22条の3(新設)

  3. 地方自治法改正法案  (2017年4月13日参議院可決)

    「会計年度任用職員」のうち

    パートタイム 期末手当の支給を可能とする 地方自治法改正法案203条の2 

    5

    フルタイム  給料、手当及び旅費の支給対象明確化 地方自治法改正法案2041

    いずれも施行期日は「平成32年4月1日」 準備期間3

    問題点

    1特別職非常勤及び臨時的任用を限りなく限定→ほとんどの非常勤が一般職化

    ⇒既に一般職非常勤制度を持つ都においても、①17条から22条2への任用根拠の変更

    ②月当たりの勤務日数を基準として一般職・特別職を区分、13日勤務特別職非常勤や学校時間講師等については特別職から見直す必要③現在、賃金職員(アルバイト)について臨時的任用としていることも再検討を要する(一般非常勤化)

    ⇒労組法上の労働組合結成・加入できる特別職非常勤の労働基本権がはく奪・制約される。一方常勤では代償措置があるが今回の報告、法改正に際して触れられていない。都の各単組では、これまでの再雇用職員や特別職非常勤は、多く特別組合員として組織。公務員労働者の労働基本権回復のための闘いが喫緊の課題。

    2「会計年度任用職員」の給料・手当支給について、改正法案は報告書より後退

    ⇒「フルタイム」はそれらを「支給しなければならない」とされるが、都においても他の自治体においても、「フルタイム非常勤」は皆無だろう(?)常勤よりも1時間、1日短くてもフルにはならない。

    ⇒一方ほとんどの非常勤職員が「パートタイム」であるが、「期末手当」について「支給できる」とする「できる」規定であり、各自治体労使で対応がバラつくことが必至

    3非常勤職員の手当支給ができるとしても、地方交付税等による財政措置は未定

    ⇒都においても、特別職非常勤・アルバイトについて、一般職化による対応となれば、一般職非常勤職員自体の増大は必至、このため、都に限らず、むしろ非常勤職員の削減や雇用止めの多発の危惧

    4報告書では準備期間「2年」とされたが、改正法案は「3年後施行」と後退

    ⇒仮に改正法案が成立するとして、既に一般化している都においては、常勤職員との均等待遇を進める手当支給等について、塩漬けさせない取組が必要

    今年の課題整理の一つとして臨時・非常勤の法改正を受けての対応を上げている。民間退職金調査が4月19日公表され、退職金の見直しが課題になる。これまで非常勤に退職金が支給出来ないならば「相当額を報酬として支給するよう」に求めてきた。要求書の組立の見直しが迫られる。改正が改善のきっかけになるかが課題である。

     ここまでが都労連の和田書記長の報告からです。これ以降は当日報告をお願いしていた、大阪教育合同労組の山下恒生さんと官製ワーキングプアー研究会の白石孝さんの報告からです。

    勝ち取った判例の水準が改正法で「新たな任用」にまた引き戻される

    大阪教育合同労組 山下恒生さんは、法改正の問題点をこれまでの取組に引き寄せてわかりやすく指摘された。

    大阪教育合同労組は混合組合で、特別職非常勤職員は労組法適用で、これまで労働委員会で権利を勝ち取ってきた。都労連のような力を持っている組合は、権利も労働条件も交渉で実現していけるのだろうが、そうでないところはなかなか力で押しきれない。それに代わるものとし行政救済措置などを使いながらがやっている。今回はその点から考えると2つの大きな問題がある。

    1つ目は労働組合法が使えなくなるので労働委員会等が使えなくなる。非常勤の一番の関心事は年度ごとに雇用が打ち切られること。次の年度に更新されないということに対して、どうやって更新させていくのかと組合が取り組んできたのが労働委員会の活用だった。大阪教育合同労組が行った裁判は、年度ごとの任用に対し、次年度も雇止をせずに任用するように要求を出し団交を申し入れたことに対して、大阪府が団交を拒否したため、5年かけ最高裁まで行って勝ち取ったもの。この裁判で勝ち取ったものは、1つは混合組合には申し立てする権利があるということ、もう1つは次年度の雇用、次年度の任用を求める団交は義務的団交事項であるということだ。特別職非常勤の労働条件に関することなので義務的団交事項であるとの判決が出た。その時大阪府が言ったのは、労働条件ではない。組合が求めているのは次年度の任用を求めているで、これは当局が決める管理運営事項だから労働条件ではない。公務員の場合はいつも「新しい任用だ」と主張した。これに対して「新しい任用ではない」というのが東京高裁の判決で、最高裁もそれを認めた。今回出てきた研究会報告や、それに基づく法案は、改めて「新しい任用」と言った。それが一番問題。せっかく最高裁まで行って勝ち取った判例の水準が法律によってまた戻される。我々はどういった形で運動を進めていったらよいのか。これが一番問題。法案修正を図って「新しい任用でない」と明確にすることくらいできないのかと思って参加した。一般職に移行することによって、労働条件に関わることは、勤務条件に関する労働基準監督官の職権は人事委員会になるとされている。残業代未払いなどは労基署に訴えていたが、これからの窓口となる人事委員会は行政が任命する機関。内部機関で、当局の意を受けているところが行政の方針に背くことを言うとは考えられない。特別職の残業は結構多く、とりわけ学校職場では目に見えない形で残業が増えるなか、非常勤も残業させられている。労基署に持っていけば残業代払えとなっていた。また大阪府には支払わないことの弁明をせよと指導している。そういうことが今度の法改正で全部なくなってしまうのではないかと、今回の改正は大きな問題だ。いい部分はあってもそれ以上に悪いところが多過ぎるというのが私の考えです。

    公務員を正規、フル、パート会計年度任用職員の3層構造に分断、固定化

    官製ワーキングプアー研究会の白石孝さんは、今回の法改正の問題点は3点と指摘されました。1つは、公務員を正規、フル、パートの会計年度任用職員の3層構造に分断、固定化すること。民間に比べて2周遅れの状況を固定化するもの。2つは、闘ってきたところの既得権剥奪になる恐れがある。例えば17条で任期2年とか3年などのところはすべて抵触する。3つは、山下さんが話された労働基本権剥奪の問題。研究会報告から法案に至る過程で内容が変更(大幅に後退)したのは、財源がない、議会に説明できないという地方自治体からの意見を受けてと総務省は公式には言っているが、総務省自身が財務省とで後ろで糸を引いているのではないか。

    これらの追加報告を受けて若干の質疑、意見交換を行って研究会を終了しました。

                                              (文責  事務局  三澤)

 

和田さんのレジュメは「資料」からダウンロードできます 

 

 

労運研第7回研究会「一人前労働者」の「あるべき賃金」とは

ゼロ成長時代の賃金闘争について討論

 

「一人前労働者のあるべき賃金」をテーマに労運研第7回研究会が、3月13日、東京・港区で開かれた。連合総研は昨年9月「雇用・賃金の中長期的なあり方に関する調査研究報告書」をまとめた。終身雇用、年功型賃金などを特徴とした「男性稼ぎ手モデル」から転換して、「親一人・子一人」世帯の生計費にもとづく「一人前労働者」の「あるべき賃金」を提唱している。一方、「働き方改革」が議論されているなか、17春闘で連合は「総人件費の一律伸び率」追求から「個人別賃金水準改善」へと舵を切り始めている。

報告書が提起した問題は、法定最賃や社会保障給付の在り方と併せて、広義の賃金闘争、賃金闘争の社会化という新時代の労働運動の重要な課題である。連合総研主任研究員として研究委員会のメンバーであった早川行雄さん(現・JAM参与)に、報告書の解説と問題意識を話していただいた。

 

 1 議論の前提となる日本経済の現況

 

終身雇用、年功型賃金などを特徴とした「男性稼ぎ手モデル」といわれる戦後日本の賃金モデルは、公的給付が弱いいびつな福祉政策に因るものでもあったわけだが、大企業や公務員の一部でしか成立していなかった。「男性稼ぎ手モデル」は今や成り立たなくなって、企業が手放したモデルである。そのような状況の中で中期的な「あるべき賃金」を考えようというのが研究会の問題意識だった。それ以前に、賃金や家計の所得補償をみると、日本の経済の持続可能性が危うくなっているのではないかと考えた。

日本経済はこの20年ほどGDPは横ばいであり、輸出のみ増加し、公共投資は低迷している。成長が止まり、経済の定常化状態になっている。資本論の世界で言えば、資本の有機的構成が高度化し、平均利潤率が低下した状態になってきた。GDPは約500兆円、民間資本ストックが約1200兆円である。500兆円の富を生み出すのに、1200兆円使っている効率の良くない経済である。パイが膨らまない中で、大企業は空前の利益を上げている。そのしわ寄せがどうなっているのか、見てみたい。

まず中間層の没落である。年収300万円以下の所得層が増えた。特に年収200万円以下の非正規労働者が増加した。実質賃金は1980年代水準に逆戻りした。可処分所得は1997年をピークに減少が続き、実質可処分所得は1980年代の水準に逆戻りしてしまった。貯蓄ゼロ世帯が増えた。二人以上世帯で貯蓄ゼロは、1990年代は10%を下回っていたのに2013年以降は3割を超えている。単身者の貯蓄ゼロは昨年48%、高齢単身者では60%ほどに達している。

非正規労働者の比率は増加し4割に近づいている。パート労働者の比率は3割を突破している。パートの年齢構成は、女性の場合は30歳、40歳代が多く、男性の場合は60歳代である。女性の場合は働き方がパート化しているといっても良い。女性労働者の55%、男性労働者の35%がパート労働者である。また、初職就業時の非正規率は、1985年ごろは、男性2%、女性17%ほどであったものが、2011年には、男性35%、女性53%に達している。この非正規労働者の増加に反比例して、1994年に65.1%だった労働分配率(国内総生産に労働者所得の占める割合)は、2015年に55.4%と10ポイント近く低下している。最低賃金近傍労働者(各都道府県別地域最低賃金の115%未満)は全体で13.4%である。比率が高いのは、女性22.5%、パート39.2%、60歳以上23.5%、業種別にみると宿泊・飲食40.0%、卸小売22.7%となっている。明らかに低賃金セクターが形成されてきている。

 

 2 あるべき賃金をあるべき労働時間で

 

(1)あるべき賃金

ここで問題にしているのは、賃金の「あるべき」決め方、決まり方ではなくて、賃金の「あるべき」水準である。職務分析をして職務給を決める仕事給的な考え方、査定で労働者を評価する属人給的な職能資格制度の考え方、年齢と勤続で昇給する年功型賃金、成果給、歩合給・出来高給など決め方はいろいろあるが、ここでは水準に焦点をあてている。あるべき賃金水準は、憲法25条で謳われている健康で文化的な最低水準の生活(リビングウェイジorナショナルミニマム)にとどまらず、次世代労働力の再生産を可能にする生活である。連合は「親一人・子一人」世帯モデルを設定している。採用したモデルは、埼玉県で父親と男子小学生が賃貸1DKに住んでいるモデルである。必要生計費は可処分所得の額であるので、税・社会保険料込みの年収は307万円である。時間当たり賃金(年間1800時間労働で計算)は約1700円になる。「あるべき賃金」は、労働力の市場価格ではなく、景気変動や業績変動に左右されない一人前労働者の固有の賃金水準として設定する。

実質賃金は低下したが、一人ひとりの労働者に賃下げが起きたのかというとそうではない。非正規労働者が増大したことが一因であるが、もうひとつは、賃金の上り幅が低く、先輩に追いついていない。JAMで2001年から2010年まで10年間、従業員300人未満の企業の従業員の35歳と30歳の賃金水準を調査したら15000円から17000円、各年齢で下がっていた。そこで水準が問題になる。

一人前の賃金水準は何で決めるのか。ひとつは労働が生み出した付加価値、功績で決める。典型的には職務評価、職務給の話である。もうひとつは生活の必要から決める。自己および次世代の再生産、リビングウェイジの話である。同一価値労働同一賃金はヨーロッパでは男女の賃金格差の問題である。連合は、賃金格差は男女間、正規非正規の雇用形態、企業規模などによる差別を問題にしている。しかし、政府の「働き方改革」では、同じ企業内での正規と非正規の格差を問題にしている。格差がなければ良いという議論をしていると、低い方に合わせれば良いという議論になりかねない。したがって、誰でも一人前の賃金水準はこれだとしていかなければならない。

一人前労働者の賃金を決めるわけだが、給与所得だけでリビングウェイジを短期間で決めることは現実的なのかという問題がある。政府からの公的給付(間接賃金)抜きに、給与所得(直接賃金)を設定することは難しいと思う。

 

(2)あるべき労働時間

あるべき賃金はあるべき労働時間との関係で考えなければならない。長時間労働を解消して家族的責任や地域社会への貢献などの生活時間が求められる。確保されるべき生活時間は、日々の再生産(家事労働、休憩時間)、次世代の再生産(出産、子育て、日常ケア)、前世代の再生産(介護、家族ケア)の時間の確保が挙げられる。これらの時間を確保するためには、一暦日の労働時間の上限設定が必要である。変形労働制や裁量労働制は本来あってはならない制度である。労働における使用従属関係は労働者の自由が制限される時間なのだから、人権擁護の意味からも労働時間を一定時間に制限する必要があると思う。

 

(3)一人前労働者

一人前労働者とは、産業・業種毎に一定の熟練度の労働者と規定している。仕事を一人でできる、人に教えられる、トラブルに対応できるなどができる労働者のことである。ものづくりでいうと勤続5年程度であるが、小売り業では数カ月で一人前になる。このような違いがあって良いのか議論になったが、熟練度の産業横断的モデルはできない。同一価値労働ではなく、生活に同一の賃金を必要とする労働者で設定すべきと思う。

 

(4)あるべき働き方の社会的前提

2011年に厚生労働省の「多様な形態による正社員に関する研究会」が実施した企業アンケートによると51.9%の企業で職種、労働時間、勤務地などの限定がある正社員が存在している。女性が多いわけだが、賃金水準が、正社員の80~90%未満が25%、80%未満が27%あり、明らかに低賃金層が形成されてきている。従業員アンケートでは、非正規社員が31%、無限定正社員が30%、限定正社員が22%、その他は分類不能であった。

 企業は正規と非正規の中間に第三の働き方をつくろうとしているが、「限定」の権利化が重要だと思う。勤務地限定は当然のことである。労働者の同意のない転居を伴う転勤の原則禁止や時間外労働の原則禁止を普通の労働者の働き方の基本に位置付けるべきだと思う。

育児、教育、住宅、医療、年金など社会保障の充実、再分配政策があるべき働き方の前提になる。もひとつは、労働移動に伴うリスクの解消、公共職業訓練の充実である。いま、解雇の金銭解決による雇用の流動化が言われているが、再就職先は労働条件が今より悪いところになる。北欧のように新しい産業により良い労働条件の職場が用意されれば、そこに労働者が集まって産業転換が図られることが必要だ。報告書にも書いたが、「同一価値労働同一賃金の理念を実践的に展開できるのは、育児、教育、住宅、医療、年金など社会保障や労働移動に伴う犠牲を労働者に強いることのない雇用支援制度が充実した福祉国家においてのみであり、社会保障の欠如した同一価値労働同一賃金は、単に賃金の低位平準化に帰する危険が大きいことに加えて、雇用の流動化に伴う労働条件の劣化をもたらす懸念が多分にある」のである。この場合、財源はどうするのかが問題になるが、連合は「法人企業の税・社会保険負担率をGDPの1割程度にまで引き上げる」ことを提言している。

 

(5)中期ビジョン

報告書は「すべての人」「誰もが」をキーワードに書いている。それは「横断面で切り取られた特定時点に存在する全労働者の意味ではなく、就労からの時系列的歩の中において全労働者が到達すべき水準」の意味である。正規、非正規関係なく到達すべき水準である。

 新卒初任給はこの水準より低いかもしれない。「親一人・子一人」モデルを対象にしているが、それを推奨しているのではない。なぜ「親二人・子二人」モデルにしなかったのかというと、「親二人・子二人」の水準は「親一人・子一人」の2倍より低くなる。離婚などで分割する可能性もあるわけで、最初から「親二人・子二人」にしていくとその半分では生活できなくなるケースも想定せざるえない。「あるべき賃金」の水準確保を図るために「親一人・子一人」にした。通常は「親一人・子一人」が合体して「親二人・子二人」で生活するわけだが、それは「親一人・子一人」よりは若干ゆとりのある生活になる。保育や介護などライフステージに見合った所得補償は、公的給付に移すことを中心に考えないとこのモデルは成立しない。

 「そこそこの能力で、ほどほどに働くことで生活安定と将来展望が持てる社会」と書いたが、無限定正社員の働き方は正常ではないということである。マーシャルの「経済学原理」から引用したが、誰もがイチロウのように一流プレイヤーになれるわけではない。そこそこの技量をもって、みんなで草野球を楽しむことだ。

 現在、IOTとか人工知能が騒がれているが、このような技術革新は労働負荷の軽減、労働時間短縮の梃子とすべきだと思う。マーシャル以前の経済学教科書であったジョン・スチュアート・ミルの「経済学原理」に「定常状態」の記述がある。技術の進歩は続くであろうが、労働負荷を軽減して、文化的精神的な人間性のために技術の進歩は役立つのだといっている。経済成長が止まった定常状態は、忌避すべきものではなくて、希望の時代である。

 インド人の経済学者アマルティア・センは、平等を必要の平等と捉えた。マルクスが目指した「各人はその必要に応じて」に通じている。戦後、日本は大企業中心の福祉国家であったが、ヨーロッパは公的給付中心の福祉国家であった。しかし、財源の問題で躓いた。いまは、公的給付をやめるのか、資本主義をやめるのか岐路にいると思う。センはノーベル経済学賞を受賞したが、このような学者たちの議論にのった形で報告書をまとめたつもりである。

 

<討 論>

講演のあと次のような討論があった。

現代資本主義が末期症状を迎えている中での報告書として受け止めた。画期的な報告書だと思う。産業横断的な全労働者をカバーした生涯ベース賃金論だと思う。成長が止まり、労働組合の組織率が20%を割っている現実のなかでの賃金闘争論として重要だ。

親二人で労働力の再生産ができる社会が成り立っているのだから、「親一人・子一人」のモデルは納得できない。また、なぜ「親一人」モデルにしなかったのか。子どもは公的給付で育てれば良いのではないかという意見もあった。さらに、児童手当は第三子からにすべきで、第一子、第二子は賃金で育てるべきだという意見もあった。

連合の方針を読むと引き上げ額の要求ではなく、水準の要求なのだという。水準に到達しているところは賃上げをしなくても良いという考えか。90年代の標準労働者(35歳、17年勤続)の賃上げと最近連合が言っている個人別賃金の引き上げとどう違うのか。連合の賃上げ要求は%論を取らないとしながら%要求である。マスコミもいくら引き上げるかしか報道しない。連合の現場で個人別賃金要求についてどのような討論をしているのか。

この報告書は、これから賃金を考える材料を提供してくれたことに意味がある。そのポイントは、賃金と労働時間をセットにして考える、賃金と社会保障をセットにして考える、ことだと思う。福祉国家といわれるこれからの社会づくりを考える問題提起である。

報告書では、「親一人・子一」のあるべき賃金が地域別最低賃金よりも相当程度高額に設定されることは当然である」と書かれている。セクターごとに賃金水準のばらつきがあるなかで、法的強制力を持つ地域別最賃の引き上げをどのようにしていくのか。地域最賃とあるべき賃金の差をどのように埋めていくのか。

この間の最賃闘争は、いくら引き上げるのかではなく、生活できる賃金はいくらなのか、それを獲得するための闘争に変わってきている。現実は「あるべき賃金」と法定最賃が乖離しているけど、乖離していることがおかしいといって、「あるべき賃金」をもとに高卒初任給を引き上げ、イギリスのように年齢別に差を設けるのかなどを議論すべきだ。

 賃金論については過去いろいろな賃金論があったが、この報告は現実から出発した賃金論になっている。ここで提起されている素材をもとに、議論を深め、現実の運動に役立てていきたい。

 

 

 早川さんのレジュメは「資料」からダウンロードできます

 

第5回研究会(2017年2月13日)

東海林智(毎日新聞記者)さんが講演

「非正規労働者の実態と16春闘の課題」

「最低賃金はいくらにしたらいい?」と聞いたら「2000円」という答えが返ってきた。午前中に女子中学校でワーキングプアの話をしてきた東海林さんが、こう切り出した。「皆さんは1500円の要求を掲げているが、若い人はそれでは低いと考えている」と、2月13日に開かれた労運研の研究会に参加した40人に対して投げかけた。

毎日新聞記者の東海林智さんは「労働は商品ではない」「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」というフィラデルフィア宣言を確認した後、安倍政権がいかに労働を商品にし、非正規労働者をつくりあげてきたか話をすすめた。

セーフティーネットはなくなり、働いても働いても生活が苦しく、子どももつくれず、労災や病気になったら放り出される、非正規労働者の悲惨な実態を紹介した。そして、非正規労働者の無期雇用への転換をやらざるをえなくなっているが、無期雇用になっても処遇は変わらない「限定正社員」にしていく。その一方で、「同一労働同一賃金」(実際は「均衡待遇」)を謳い文句に正社員の労働条件が引き下げて「限定正社員」に移行していく可能性もある。そして、残業という概念がなく24時間会社のために働く「正社員」という構図を描いている。安倍政権にとっても、出生率アップ、時給1000円、同一労働同一賃金などと言わざるを得ないほど、アベノミクスは危機的な状況である。

このような状況を打ち破り、労働者の権利と労働条件を獲得していくには現場のたたかいしかない。連合も中小・非正規労働者の賃上げが必要と言っている今がチャンス。安倍政権の甘い言葉に騙されることなく、分断を乗り越え、仲間を増やして、人らしく働くために声を上げていこうと訴えた。

 

東海林さんのレジュメは「資料」からダウンロードできます。

             

最賃闘争をテーマに第4回研究会を開催しました

 

 

転換期に立つ最低賃金闘争の課題と展望

 

 

 

龍 井 葉 二

 

(元連合非正規労働センター所長)

 

 

 

歴史―日本の最低賃金はなぜ低いのか(1)

 

 日本固有の最賃法は、1959年にでき、61年から実施されます。

 

最低賃銀制は1920年の第一回メーデーのスローガンのひとつです。日本の労働運動の出発時点から掲げられていました。戦後になって、最低賃金が労働基準法に項目として入りますが、必要な場合に決められるという項目で、一回も実施されずに終わってしまいました。その後1954年から懇談会で議論されますが、GATT加盟対策の面が強く、これも挫折します。

 

61年法の元になるのが55年スタートの審議会です。日本がまさに高度成長の入口に入ってきて、日本の低賃金によるソーシャルダンピングという批判に対して、55年段階で労働省は最初から業者間協定方式でいこうと提案します。初任給はカルテルで決めておこうという、業者間の内規です。だから労働組合が入る余地もない。すでに業者同士で決めた協定がいくつかあって、それを移行させる。しかも当時の業者間協定は中卒女性初任給だったことが、最賃が低くスタートする一番の原因と言っていいと思います。当時の水準は15歳で月額4000円。25で割り戻せば日額160円になる。最低賃金といっても、規制ではなくて、業者が決めているものをそのまま追認した。制度上はいくつか方式があったのですが、実績値は9条の業者間協定が大多数という実態でいくわけです。

 

ところが高度成長の真っただ中ですので、初任給がどんどん上がっていく。54年から62年の8年間の推移を見ると、全体の平均賃金の約1.55倍ですが、中卒初任給が2.34倍、100人未満が2.53倍です。わずか数年で業者間協定の実効性が失われてしまう。もう一度基本的な見直しをしようということで、一言で言うと業者間協定から審議会方式へという流れになります。

 

64年の審議会答申では、甲乙丙と三つの地域を決めて、A業種、B業種ごとに金額のゾーンをいれる。地域と業種という二つの物差しを入れ込むことで、結果的に地域別の目安という流れになっていくのです。68年法では業者間協定方式の9条、10条は役に立たなくなったのでなくし、その代わり、審議会方式が入って、産業別と地域別と両方決めることになります。そんな体裁を整えたものだから、やっと71年にILO条約を批准できる。71年から76年にかけて、労働省の指導によって、審議会方式の地域別が6年間ぐらいで全県に広がります。いかにも画期的な事が起きているように思えますが、実は方式だけであって、実態値は既にやっていたことの追認、つまり中卒初任給です。だから実態は変わらないまま、手続きだけ地域別の審議会方式で決まっていくのが、68年から76年にかけての流れです。

 

 75年からは、労働組合側の方が課題提起する段階になります。オイルショックの後、管理春闘だ、国民春闘だと言われた時期に、全国一律最賃という統一要求が提起されていきます。全国一律800円といっても「全国一律最賃+上積み」ですから、それをベースに、業種、地域それぞれ決められる所が決めていいという考え方です。東京から山形、沖縄も含めて全部一律の最賃というのはどう考えてもなじまない。一律と言いつつも上積みは認める、上積みしようという方針なのです。

 

労働4団体統一要求なのですが、当時は雇用問題が深刻で、雇用保険の整備では4団体がまとまらず、失業保険の制度化に総評側が妥協し、それとバーターというような形で同盟が全国一律最賃に乗るという事情があって、4団体の統一要求になっていく。ただし金額をいくらにするかはまとまらず、金額は後回しにしました。国民春闘のはしりの時期で、総評もストライキを設定するのですが、74春闘の時のスト処分問題もあって、中途半端に終わります。全国一律最賃四野党要求は、国会で否決はされてなく、大臣答弁によって審議会でやることになり、76年から審議会に場所を移します。

 

最賃法では、同種の労働者、それから企業の支払い能力が規定されていたので、同種の労働者とは何かということで、中小零細それも30人未満となっていくわけです。ただし賃金水準ではなく、賃上げ幅で、ランク別です。地域実態があまりに違うので、地域を4ランクに分け500円からいくらとかというゾーンをつくる。審議会で決めた地域別最賃がどこにあてはまるか。地域の実態で決める。実態は追認した上で、毎年の改訂は上げ幅だけを示す。上げ幅は30人未満の賃金が前年度どれくらい上がったかに準拠します。

 

こうして、ランクごとに上げ幅の目安を決め、これを各都道府県の審議会の場に移して、そこで最終決定する。この段階で地域ランク別という仕組みとしては変わっていくけれど、中卒初任給というベースは変わっていません。

 

 ただし、この時期は各地域で上乗せしていくので、比較的地域間の格差は埋まっていきました。また、産業別最賃が地域別最賃にほとんど張り付いてきてしまって、産業別最賃をつくる意味がないというので、新産業別最賃という議論が81年に起き、初任給ではない基幹的労働者の最賃を決める。あるいは公正競争上必要なケースの場合という趣旨の新産別最賃がここから生まれてくるのです。

 

 

 

決定方法ー日本の最低賃金はなぜ低いのか(2)

 

 業者間協定から審議会での目安に移行してもベースはあまり変わりませんでした。

 

【最賃と賃金実態】 (日額換算)              

 

                  地域別  所定内   中卒初任給    高卒初任給     女子

 

                   最賃    賃金                           パート

 

            1977   2324   5934    2816  2552    3276  3136    3512

 

            1987   3666   9131    4120  3884    4724  4404    4984

 

77年から87年の10年間で最賃が上がっていますが、所定賃金の半分に達せず、高卒初任給の水準にも達していません。中卒、しかも女子の水準に張り付いている。パートの実態から見てもかなりの乖離があります。最賃引き上げがどこに影響を与えたのかというと、最低賃金が5円上がると、地域のパート賃金も連動して5円上がるというように、間接的影響はあったということです。

 

目安論議は、最賃をいくらにするかというよりも、いくら上げるかというもので、しかも、労使の主張は並行線でまとまらない。そこで公益委員見解をだすのですが、公益見解は第4表という賃金調査結果の数字そのものです。審議会がなくても第4表の集計があれば目安は決まってしまうということが、実は80年代以降続くのです。

 

地域で目安に上乗せの議論をします。各県の審議会で同じように三者構成でやって、県の実態がこうだからと言ってそこに上乗せするわけです。これは地賃委員の腕の見せ所ですが、地方で最賃引き上げの影響率の大小によって、ある程度の引き上げが許容される場合もあるわけです。

 

最賃闘争という場合に、最賃がどう位置付けられて、どういう闘争をやってきたのか。労働組合の対応として、正社員だけ組織している組合であれば、最賃引き上げが組合員全体の中でどういう位置付け、どういう切実さ、どういう必要性があるのかということが問われます。つまり1952年の総評賃金綱領以来、時代を画するような最賃闘争方針がなかったのではないか。審議会中心だった最賃闘争のあり方が問われていると思います。

 

 

 

構造―日本の最低賃金はなぜ低いのか(3)

 

 では、なぜ最賃が中卒初任給の水準で続いてきたのか。大きな要因が二つあります。

 

仕事給は就いている仕事で決まるので、初任賃金が横断型です。これに対して、属人給は経験ゼロ、あるいは単身者から始まってOJTで賃金が上がってきます。仕事給は仕事に値段がついていて誰がやっても同じなのに、属人給は人に仕事がつくので、その人が何をやるのか決まっていません。

 

日本でよく言われるのは、ブルーカラーの人でもジョブローテーションをして、半人前から一人前にOJTで育ってきます。いきなり一人前になるわけではない。もちろん、すべての人が半人前から一人前になるのですが、日本では半人前で入社し、それから一人前になっていきます。

 

ヨーロッパ的な賃金発想だと、訓練を受け、スキルを身につけてから正式に仕事につく。つまり初任賃金はすでに一人前賃金=世帯賃金で、それが最低賃金の対象となる。ILO条約の最賃も「家族を含めた賃金」です。日本の初任賃金は、半人前=単身です。賃金の思想が最低賃金のあり方の根底にあるわけです。

 

 もう一つの要因として、労働者は、職人と違う、自営業者とも違う。見ず知らずの人の指揮命令に従うわけです。そういうものとして労働力は形成される。この時にヨーロッパの場合の歴史はどちらかというと共同体が丸ごと壊れるので、労働者は独り立ちする。ところが、日本は共同体が残る。もともと小さな農業経営なので、農家の二男か三男あるいは繊維労働者の女性にように、実家が残ったまま外に出ていく。労働者の成り立ち自体が単身者なのです。だから労働者が形成される事情から言っても、家族持ちではない人が労働力として入ってくる。という違いは、初任給がなぜ低い賃金から始まったかという要因の一つとして考えられます。

 

 

 

転機―06~07年に何が起きたか

 

 今までの話から劇的な変化が起きたのが、2007年以降になります。最賃の引き上げ幅だけを見ると、それまでとは雲泥の差になっていくわけです。

 

ただ、連合の取組みから言うと若干の伏線があって、いわゆる賃金引き上げを中心にしてきた春闘の中で、春闘改革の議論がいくつかありました。企業内最賃、パートも含めた全従業員の最賃協定、パートの時給引き上げ要求(2001年)などです。そして「引き上げから底上げへ」の方針を掲げたのが2002年、2003年の例のトヨタ・ベアゼロの時です。底上げの指標はということで、連合リビングウェイジを出し、「誰でも時給1000円」キャンペーンを展開しました。

 

小泉時代に格差と貧困が拡がっていき、連合もワーキング・プア問題に対応しようという方針にカーブを切った。この時期に登場したのが、第1次安倍内閣で、翌07年の参院選を控えていたこともあって、政治的な危機感を感じていた。同じ時期に民主党が、全国制定最低賃金という言葉を使って1000円という方針を出し、政府はパート法と最賃法の改訂の議論に入ります。

 

毎年の最低賃金審議会とは別に、安倍内閣は三者構成の成長力底上げ円卓会議をつくります。この中で中小企業の支援もしつつ、最賃の中期的な引き上げの方針を打ち出す。片方で連合とか労働組合に対して「恵まれた労働者」という大キャンペーンを行い、自民党の側から労働国会という位置付けをし、「非正規問題は自民党が代弁する」と豪語するわけです。

 

最賃をめぐる一番大きな議論は生活保護との整合性です。「働いて生活保護以下はないだろう」という情緒的な議論から、最賃法の議論に入ったのですが、これは極めて画期的なことでした。厳密にいえば、最賃と生活保護水準は性格が異なるものですが、これによって、いままでの「いくら引き上げるか」の議論から、初めて「いくらにすべきなのか」ということが議論になったわけです。われわれは、高卒初任給は一般労働者の半分は上回ることを主張しましたが、これは、併記をするだけで終り、最賃法改正は一年先送りになるわけです。

 

最賃が生活保護を下回わる地域は、無条件に生活保護まで持っていこうということになりましたが、厚生労働省は、経営側に対して「影響率のあまりない都市部で上げるだけですから」と説得したと思います。ただ、この時の審議会は大変で、特にDランク地域の経営側の自民党批判も強く、審議会は二晩徹夜をして、最賃の引き上げが初めて二桁になるわけです。連合の中でも、地域間格差は開いていくということで、各地方連合会の責任者を説得するのが大変でした。

 

このように、最賃法は画期的な改訂だし、パート労働法もやっと法律らしい法律になった。その背景にあったのは「政治危機」だったと思います。

 

 

 

戦略―何から始めるべきか

 

ワーキング・プアといわれる現象が社会問題化して、労働運動の真ん中に据えられていくのがいつ頃で、なぜなのか。

 

先ほどの、半人前から一人前の話というのは、仕事やスキルの面での一人前。もう一つは単身賃金ではなく世帯賃金でした。これに対して非正規労働者、スキルの面でも賃金の面でも一人前になれない。均等法以前の女性たちは正社員でも一人前になることが想定されてない。今でもその傾向は残っていますが。

 

80年代にパート法の議論がされた時に、当時の中央職業安定審議会会長の高梨晶さんは、学生のアルバイト、主婦パート、高齢者パートなど不安定雇用労働者は、基幹的だけど「ミゼラブルでない」と断定しました。彼ら彼女らは、正社員の男に養われている人たちだからです。つまり、雇用システムというのは雇用・扶養システムでもあり、非正規労働者、不安定雇用労働者は、正社員に扶養されるがゆえに半人前でいい。ミゼラブルではないという前提で、賃金制度も労働政策も最賃も設計されているわけです。

 

ところが、やがて地殻変動が起きるわけです。1997年が正社員の絶対数のピークで、98年以降は正社員の絶対数が減少に転じます。非正規が増え続けて、正社員が減少するわけですから、正社員から非正規の代替が進む。それによって、今まで正社員がやっていた仕事を非正規がするようになり、同一労働同一賃金が適用されるような状況が生まれる。もう一つ、もっと重要なのは、扶養する側である正社員が減り、おまけに自営業者も激減していくなかで、自ら生計を立てる非正規が増えてきたのです。自ら生計を立てる非正規ということを雇用・扶養システムも政策も想定していません。

 

自ら主たる生計を立てる非正規がどれくらいいるのかというデータがなかなかない。連合本部の生活アンケート調査によると、おおざっぱですが16%。ワーキング・プアというのは第一義的にはこの人たちのことだと思います。つまり、最賃の引き上げを切実に必要としている人たちです。

 

そこで、最賃を引き上げようというときに、誰でも時給1000円という議論もあると思います。連合の方針もそうでした。もう一つは、持続可能な社会にしていくために、単身賃金ではなくて、世帯で子どもを含めて再生産していける賃金という考え方が成り立つと思います。単身から世帯へと言った時に、男性正規社員が五人四人養うのではなくて、男女にかかわらず一人が一子を養う賃金を保障するという考え方がありえるのではないか。一番困っている人に焦点を当てて、その困っている人が共感できて参加できる運動をつくって、なおかつ、そこを地域や業界も含めて合意を取っていく根拠を持つということですね。

 

連合は2003年に連合リビングウェイジを設定しました。マーケットバスケット方式で、生活必需品の経費を積み上げて生計費を計算するのですが、その時に世帯構成別に、単身と一人一子モデル。これも誤解のないように言っておきます。男性、父親と書いてありますが、男性衣服などで計算したからです。

 

当時、一人一子という考え方はまだまだ理解されず、連合の方針には入らなかったのですが、単身でも男性稼ぎ手モデルではないモデルは示すことができました。もちろん、離婚を勧めているわけではありません。賃金の最低のラインを示すことが目的ですから。共稼ぎで言えば、夫婦子ども二人の四人です。これはあくまでも問題提案の一つなので、各地域で、市民、県民にとってどれだけ必要経費がかかるか、皆で試算してみてほしいです。

 

さて、こうした考え方を最低賃金とどう結びつけるか。労働相談を担当していた頃、スーパーで10年働いている人から電話かかってきて「なんで私と昨日入ってきた高校生の女の子の賃金が一緒なのよ」と。同一労働賃金ということでは間違ってはいないかもしれない。もちろんスキルに違いはありますが。では、その人が母子家庭のお母さんだったらどうか。そうすると一人一子モデルが適用され、もしも最低賃金で保障するとしたら、母子母は900円で高校生の子は800円となるのか。それとも年齢別の最低賃金を設定するのか。あるいは最低賃金そのものを一人一子モデルとし、そうでない人は最賃の適用除外にするのか。これから議論をしていく必要があります。

 

参考になるのが、ニューヨーク州の最低賃金です。州全体は確か10ドルなのに、子どもがいる人は11.75ドルと、別立てでつくる。これも一つの方法でしょう。年齢で刻んでいくのも、根拠が難しいです。最初の業者間協定は、151617歳と年齢別の業者間協定で、そういうやり方もないわけじゃないけど、業者間協定は実態値だからできた面がある。

 

いずれにしても、審議会方式でやろうとしたら、労働者側が提案をして、相手が納得しないまでも、まあしょうがないと言わせないといけないわけです。議会の場合もそうです。組合の中でも合意をとるのは大変だと思いますが、でもどこかがひとつの方針を出さないといけないと思います。

 

これに関して論点がいくつかあって、一つはいわゆるベーシックインカムのような社会政策、社会保障的なものとかみ合わせるかどうか。仮にベーシックインカムを8万円にしたら、最賃はその上積みだけでいいのか。二つ目、先ほど紹介したリビングウェイジが、宮崎と埼玉で何が違うかというと、家賃です。例えば住宅費を公費で全額か一部を出すことになったら、最賃はどうなるのか。あるいは教育費が全額国費になると、リビングウェイジの試算も変わってくるわけです。そうであれば、最賃を下げてよいのか。私はそう単純ではないと言っています。住宅費補助、家賃補助、子ども手当などの財源は税金、社会保険料です。それを払える賃金でなければ上乗せできないわけですし、賃金は何よりも労使間の配分ですから、使用者の配分が少なくていいということにはならないはずです。だから、公費負担があれば賃金が低くていいということはありえないわけです。

 

 さらに議論していくべきは、運動の進め方をどうするかです。アメリカの最賃がホットな話題になっていますね。アメリカは議会方式なので労働組合の運動が弱いと最賃が上がっていかない。アメリカは90年代の終わりから2000年にかけて、物価が上がっているのに、最賃は上がっていなかった。久しぶりに議会で取り上げて、いっぺんに上がった。

 

アメリカでは全州の最賃が7.25ドルで、全労働者に適用される。これをベースに各州で、たしか30州ぐらいで上積みをしていて、カリフォルニアなど、西海岸の方に比較的集中している。一番高いところで11ドルぐらい。これには適用除外がいくつかあって、ひとつは流通サービス業でチップを貰う労働者で2.25ドル。それから農場、農業労働者。売上げが年間50万ドル以下の中小労働者など。けっこう多いのです。州の最賃に、さらに市、郡での上乗せが可能で、2009年、2010年に3つぐらいしかなかったのが、いきなり18に増えました。シアトルとかサンフランシスコは15ドルにまで上がったわけです。

 

なぜこうなるかというと、ひとつは公契約条例でリビングウェイジを積み上げる。二つ目は、2010年ぐらいのウォール街占拠運動。ニューヨーク州の賃金が10ドルに上がるのも2010年です。三つ目が、ファーストフードのストライキ。この15ドル運動はSEIU(国際サービス従業者労働組合)が中心に闘われた。これらはすべて、組合運動、社会運動、地域運動です。そこから当事者だけではなく、市民含めて大きな流れとなっていきました。(詳しくは日弁連の報告書参照)

 

日本でも今まで、連合の1000円キャンペーンとか、反貧困運動の時期も含めて、いろいろな経験をしてきました。今振り返ると、第一次安倍内閣が、あそこまで最賃を引き上げたというのは、2006年当時のワーキング・プア問題、貧困問題が、政治的危機になっているという認識でしょう。

 

その後も貧困問題、非正規雇用問題はまったく改善されていないわけですから、アメリカの運動がそうであるように、当事者だけでなく、社会全体の問題、地域全体の問題に浮上させ、「政治的危機」の状況をどうつくりだしていくのか。審議会に依存するのではなく、公契約やリビングウェイジの具体的運動を、政治的立場やセクトの枠を超えて、どう運動にしていけるのか。それが問われているのだと思います。

 

特にリビングウェイジについては、各市町村でさまざまな人が参加して試算をし、その必要性を地域の共通認識にしていくような運動も必要です。それが結果的に、公契約の取引条件や最賃とも連動していくわけで、最賃をどうするかという課題だけでなく、もっと幅広い課題で幅広い運動をつくりだしていく必要があります。

 

とにかく、可能な地域から、最賃引き上げを切実に要求している当事者たちが声をあげ、動き、その共感が広がり、既存の枠を超えた運動になり、それが他の地域にも連動していく 

 

といった「運動モデル」を組み立てていくことは、決して不可能ではない。こうした運動モデル自体が、ひとつの対抗軸になっていくのだと確信しています。

 

 

(この文章は、2015年8月1日に行われた労運研第4回研究会での龍井氏の講演を編集部の責任でまとめたものです。)

 

龍井さんのレジュメは「資料」からダウンロードできます。

 

 

第3回研究会 混合組合をめぐって盛んな討論

非正規労働者は公務現場でも労働組合員になろう

 

 「公務現場での混合組合を考える」をテーマに労運研の第3回研究会が、4月12日、東京で開かれた。問題提起は、3月31日に混合組合の団交権を認める最高裁判断を勝ち取った大阪教育合同労組の山下恒夫さん。25名が参加した。

 山下さんは、日教組が女性教員の産休代替の臨時講師を要求して成果を上げてきたことを評価しながらも、臨時講師の労働条件改善にはあまり積極的ではなかったと批判した。臨時講師が加入できる労働組合として混合組合(地公法適用労働者と労組法適用労働者が加入する組合)として大阪教育合同を1989年結成した。公立学校のすべてのタイプの労働者(ALT、非常勤講師・職員、障害児介護員、給食パート)だけでなく、私学、大学、予備校、塾の労働者も組織するようになった。

 1992年の一時金闘争で不誠実団交の救済申立を行ったが、大阪地労委は救済申立適格を否認した。2002年、中労委はアシスタント英語教師の解雇事件で救済申立適格を認めてから流れが変わった。しかし、2010年、橋本知事体制で団交を拒否したので、10件の労働委員会申立を闘ってきた。そして、最高裁が、大阪教育合同を組合員に適用される法律の区分に従い、職員団体及び労働組合としての複合的な性格を持つ組織として認め、労組法に基づく団体交渉、地公法に基づく交渉の主体であることを認めた。

 裁判所の判断には次のような重要なものがある。「地公法58条は、一般職の地方公務員が労組法3条の労働者であることを前提として、その従事する職務の特殊性から、労働基本権について合理的な範囲で制限をし、他方で、それに応じた範囲内で労働基本権の保護を規定し、その限りにおける労組法の適用排除を規定しているにすぎないと解される」(東京高裁)という判断によれば、第3セクターに出向している公務員に労組法が適用されることになる。

 また「地公法55条2項は、地公法適用組合員に関する事項について団体協約締結の権限がないことを規定したにとどまるから、混合組合との間で労組法適用組合員に関する事項について労働協約を締結することが同項に違反すると解することはできない」(大阪高裁)という判断している。労働協約を締結することによって、当局が一方的に条件変更を行うことができなくなる。雇用継続問題が団交事項であることになる。司法判断を受けて大阪府は「団体交渉を常勤と非常勤を切り離して行うことはできない」との見解に立っているという。

 討論では、登録職員団体との関係が議論になった。登録職員団体とは、公務員のみの職員団体を人事委員会(国家公務員においては人事院)が登録し、交渉団体として認めるとともに、在籍専従者など便宜供与を図るものである。登録職員団体であろうとなかろうと職員団体は当局との交渉権は有しているので、交渉について差異はない。違いは便宜供与の問題であって、会社が企業内労働組合を唯一団交労組と認めていても、別労組が結成されれば交渉応諾義務があるのと同じことだという話になった。便宜供与問題は交渉次第ということである。

 「日の丸・君が代」も思想信条の問題として捉えるだけでなく、労働問題としても捉えれば団交事項とすることができると山下さんはいう。労働者の団結権は保障されている。今求められるのは、労組法適用労働組合であろうと、地公法適用職員団体であろうと、非正規労働者を組織して、権利行使を図っていくことである。「25年でやっと労働運動のスタートラインにつくことができた」という山下さんの言葉が印象的だった。


労運研第3回研究会:「公務現場での混合組合を考える」

 第3 回研究会は「公務現場で混合組合を考える」をテーマに大阪教育合同労組特別執行委員・山下恒生さんから報告頂き討論を行った。労運研レポートNO10 号(4 月10 日)に報告されている最高裁決定を素材とした公務職場の混合労組(公務員版合同労組)の可能性と積極性を探るというものであった。この最高裁決定は2010 年2011 年の臨時講師の雇用継続を求める団体交渉要求を松井大阪府知事・大阪府教育委員会が拒否したことに対して大阪府を相手に、不当労働行為での救済命令もとめたものである。大阪府労働委員会はこれを不当労働行為として認定し、中央労働委員会も追認したことに対する、大阪府による行政訴訟を敗訴とした東京地裁・高裁判決を最高裁が追認して大阪府の上告を棄却する決定を行ったのである。
 この事件は地方公務員法、地公労法等複雑な「任用」関係が重なる公務職場の労働組合(職員団体)と非正規労働者の権利擁護に係わる古くて新しい問題を提起するものであった。特に中曽根政権以降の新自由主義の下で進められた行政改革と合理化によって拡大し続け、特に近年では官製ワーキングプアと云われる非正規公務員・非常勤公務員の権利をどう守り、団結を作り上げていくのかという労働組合として正面から取り組むべき喫緊の課題であった。そして大阪維新の会(橋下市長、松井府知事)が登場し、大阪の政治を制圧して激しい労組、労働者攻撃が加えられ、この攻撃に対決を迫られてきた大阪の労働運動の課題ともなっていたのである。


教育労働者の闘いと本工主義
 山下さんはまず、日教組の女性教員の産休代替員要求運動を評価しつつ、一方で産休代替臨時教員の権利・労働条件に充分目を向けてこなかった本工主義を総括し、臨時講師の権利拡大にどう取り組むのかという問題意識から、正規教員、臨時講師、給食パートあるいはATL 外国人労働者、その他臨時職員との団結のツールとして混合組合である大阪教育合同労組(以下合同労組)を立ち上げたことが報告されている。その後、私学や塾講師などへ組織化が拡大していった。
 ところが混合組合として出発し、教育委員会へ交渉を申し入れるといわゆる登録職員団体であるか否か、労組法適用団体で有るか否かがまず問題となった。特に臨時職員の労働条件引き上げを要求する際には教育委員会から交渉を拒否され、当初(1992 年)、大阪府労働委員会は組織人員の正規職員と臨時職員の数によって判断することに固執し、教育合同の申立人適格を否認したのである。行政訴訟に於いても大阪地裁・高裁がこれを追認するという壁に直面してきた。一旦、教育合同は、登録職員団体と労組法適用団体としてそれぞれ対応することを余儀なくされてきた。
 しかし、本来同じ職場で働く労働者の団結権が適用労組法の違いによって分断され破壊されることの不条理が許されるわけもない。この壁を突破するための労働委員会闘争が続けられてきたのである。2002 年には中央労働委員会はようやく教育合同を不当労働行為救済命令を求める労組として申立適格を認める決定を行った。

橋下大阪知事(大阪市長)との攻防
 2008 年、大阪府知事に就任した橋下大阪府知事は財政再建として矢継ぎ早に合理化策を打ち出し、職員の管理強化を全面化させた。そして2010 年には大阪維新の会を立ち上げ、2014 年には大阪市長へ転身して、大阪府知事には維新の会幹事長である松井現府知事をすえて大阪都構想の実現と市営交通、水道等の民営化と職員管理強化として労組つぶしを全面化させたのである。
 橋下市長は労働組合事務所の市庁舎からの排除、職員基本条例、教育基本条例を制定し、労組対策として組合適正化条例の制定を計り、職員の労働条件について「管理運営事項」として労使交渉議題から排除すると言う暴挙にでました。維新の会による大阪府・大阪市の運営は労組との交渉を拒否し、公務員バッシングを煽ることによって人気を維持するという歪な構造が続いてきている。こうした中で教育合同は再び団交拒否に直面することとなった。2010 年、臨時講師の雇用継続を求める団体交渉は拒否され、11 年、12 年とその後も続くことになったのである。


中労委命令、東京高裁・最高裁決定の画期性
 2010 年上記、団交拒否事件について中労委は明確に混合組合である教育合同の申し立て適格を認めると共に、講師の雇用継続に係わる団体交渉を管理運営事項として拒否することはできないとした。即ち臨時講師といえども当然次年度の雇用継続を期待し、労働条件に係わる義務的団交事項であること明確に示したのである。
 ところがこの中労委命令を不服として大阪府は東京地裁に中労委命令の取り消しを求めて行政
訴訟を行ったのである。この行政訴訟は2013 年東京地裁、2014 年3 月には2011 年団交拒否と併合されて東京高裁から中労委命令を維持する判決がなされ、この2015 年3 月に最高裁が上告棄却申し立て不受理を決定して確定したのである。
 東京高裁は混合組合について大阪府の云う登録職員団体と労組法適用団体との関係について、組合員に適用される法律に従い複合的な性格であると判示したのである。そして、「一般職の地方公務員が労組法3 条の「労働者」に該当することはその定義上明らかであり、地公法58 条は一般職の地方公務員が労組法3 条の労働者であることを前提としてその従事する職務の特殊性から、労働基本権について合理的な範囲を制限し、他方で、それに応じた範囲内で労働基本権の保護を規定し、その限りにおける労組法の適用除外を規定しているに過ぎないと解される」と明確である。とすれば第三セクターなどへの出向や派遣されている公務員の労法適用へと道は開かれていくはずである。
 また、2015 年1 月に大阪高裁は「地公法55 条2 項は地公法適用組合員に関する事項について団体協約締結の権限がないことを規定したにとどまるから、混合組合との間で労組法適用組合員に関する労働協約を締結することが同法に違反すると解することはできない」と判示したのである。


公務職場の闘いの拡大、非正規職労働者との団結促進につなげたい
 この一連の労働委員会命令や最高裁で確定した高裁判決は地方公務員の労働者としての基本的
立場を改めて明確にしたものと云える。あたかも公務員は「任用」というごまかしによって「奉仕者」や「公僕」などと労働者からは超越した存在のように扱われ、基本的権利ではなく「お上」から特別に与えられるもの、特権とされてきたのであり、民間労働者や市民と対立させられ、バッシングの対象にもされてきたのである。改めて労使問題として団体交渉を通じて権利拡大を計っていくことの重要性が問われるのである。
 山下さんは公務職場で拡大する非正規職労働者との団結と単一組織として闘うことによって権
利は拡大され、闘争力が強化されることが重要であることを強調された。臨調行革路損から新自由主義による公共サービスの民営化と合理化、労働者の非正規化に直面して停滞を余儀なくされている公務労働者労働運動の活性化に混合組合をツールとしてスト権を当然にも含む労働基本権の活用と共に、雇用形態を超えた労働者の団結の礎を再構築する一つとして各自治体や教育産別で広げていくことを訴えている。
 大阪教育合同では「日の丸・君が代」の起立斉唱の強要についても労働条件に係わる問題として団体交渉を要求し続けている。思想信条の問題から広く組合員の労働条件に係わる問題として団体交渉を要求しているという。


混合組合と労組法の活用を議論
 山下さんからの報告を受けて活発な議論が行われた。まず、専従職や職免など登録職員団体としての便宜供与について混合組合ではどのように考えることができるか、あるいは議会からの干渉、条例主義の壁にどう挑んでいくのかについて議論が行われた。基本的には行政との関係も労使問題として自主的解決を構築すること、議会の干渉を排除する力関係を不断に構築できる闘いが求められることは当然であろう。政府は自律的労使関係法など模索しているが、現状では公務労働者の権利剥奪・労働条件引き下げを狙っているに過ぎない。
 また、労働契約法など公務員労働者を適用除外する多くの法律が存在している。報告された非常勤公務員の労働者性の確認などを基礎に適用除外とされる権利や、管理運営事項として交渉事項から排除されている権利を拡大する闘いの重要性も議論された。そして、出席者から、それぞれに非正規職員を労組に迎え入れた経験や、各地の闘いも報告され、研究会を締めくくった。
 公務職場で新たな運動が始まる契機が確実に始まっている。非常勤職員と正規職員の団結した組織と闘いは、非正規職員の権利拡大のみならず、正規職員の権利防衛に確実に結びついていくことを確認することができた。


混合組合に関する最高裁決について
最高裁(2015 年3月31 日)は、大阪教育合同労働組合が2010 年及び2011 年度講師雇用継続
断行を大阪府が拒否したことは不当労働行為であると認定した中労委命令の取り消しを求めて、大阪府が提起した行政訴訟に対する。混合組合に関する中労委命令に対する初めての最高裁の決定である。争点は、混合組合である大阪教育合同労組は「不当労働行為救済申立人適格」を有するか、また労組法適用者である非常勤講師雇用継続要求は「義務的断行事項」か、であった。
大阪府の主張
①労組法上の労働組合と地方公務員上の職員団体は現行法上峻別されており、混合組合は労組法上の労働組合として認められない。
②仮に、労組法上の労働組合として認められるためには、労組法適用組合員が過半数を占めていることが必要である。
③府公立学校の非常勤講師は、地公法3 条3 項3 号の「臨時または非常勤の顧問、参与、調査員、嘱託員およびこれに準ずる者」のうち、これらに準ずる者」として採用される、特別職に属する地方公務員であり、労組法が適用される。
④個別の任用に関する問題は交渉事項ではないため団体交渉に応ずることはできない。
 地方公務員が組織する労働組合には、適用法規を異にする労働者が混在している。地法公務員法(地公法)適用される非現業職員、地方公営企業労働者関係法(地公労法)が準用される現業職員、地公労法適用の公営企業職員、労組法適用の非常勤職員が存在する。現業の場合には、地公労法上の労働組合を結成することもまた地公法上の職員団体を結成もしくはそれに加入することのいずれも可能である。しかし、現実には、とくに規模の小さな地方公共団体においては、現業は非現業とともに同一地方公共団体に勤務しており、勤務条件も共通していること、従来から両者が同一の組織の下で活動してきていることなどから、混合組合形式をとることが多い。この「混合組合」は「職員団体」である。多数が非現業だからである。これまでの解釈は大阪府が主張する①「単一性格説・一元適用論」による組合員の量的割合で組合の法的性格を決めていたからである。

 最近では、この職員団体である「混合組合」の中に、現業や公企だけの組織すなわち現業・公企評議会が結成され、混合組合の中における相対的独自性を発揮する活動を展開している例もある。
 90 年代以降は、自治体内外の「民営化」が進行し、大量の低労働条件の労組法適用労働者が公務職場に存在するようになった。この官製ワーキングプアの実体が正規公務労働者の労働条件や公務の質の低下を引き下げていることから、非常勤職員や業務請負の民間労働者との「混合組合」の組織論が提起されてきた。しかし、「混合組合」として活動する場合には、登録制度、不当労働行為、団体交渉権、協約締結権などの関係で、その適用法規になにを選択するのかという点で困難な問題が生じてくることは否定できなかった。故に実際の組織化は、別個の「組織」として進んできた。
裁判所の判断
 ①地公法は、登録された職員団体を除き、地公法・労組法は、一般職の地方公務員が労働団体に加入することの制限を置いていないので、混合組合の存在を許容している。混合組合は、地公法・労組法上の労働組合として複合的法的性格をもつ。<複合性格説・二元適用論>
 ②地方公務員も一般職、特別職の別に関わらず、憲法28 条にいう「勤労者」であり、労組法三条の「労働者」に該当することは定義上明らかであり、地公法58 条は、一般職の地方公務員が労働者であることを前提に、その従事する職務の特殊性から、労働基本権について合理的範囲で制限し、他方で、それに応じた範囲内で労働基本権の保護を規定し、その限りにおける労組法の適用排除を規定している。
 ③労組法適用である特別職の地方公務員が、当該自治体において地公法が適用される一般職の地方公務員らより既に結成されている地公法上の職員団体に加入することは自然なことであり、他方で、特別職の地方公務員が単独で労働組合を結成し、これを維持することは現実的に困難であるという実情があることが認められるのであり、この点からも職員団体に加入したことにより、団結権・交渉権が制約されることはやむを得ないとするのは特別職公務員の権利を軽視するもの。
 ④組合が求めた交渉事項の「任用の保障」(雇用の継続)が義務的交渉事項に当たるかという点も争点になっているが、「任用が繰り返されて実質的に勤務が継続されている実態を踏まえて、任用の継続を前提とする勤務条件の変更または継続を求めるもので、被控訴人において処分可能なものであるから、義務的交渉事項に属すると解するのが相当である」としている。
今後の課題
 非現業の場合には、職員団体に関する登録制度が存在し、登録団体でない場合には、在籍専従制度や団体交渉において不利益をうける可能性を有しているほか、不当労働行為制度に基づく団結権侵害行為の排除という利益を受けることができないのである。団体交渉権や協約締結権については、勤務条例主義の下で、協約締結権の避妊と書面協定の締結権の承認という複雑な構成のほか、団体交渉の方法は・手続きについては現業に見られない規制が加えられている
■登録要件‐同一の地方公共団体に属する職員のみをもって構成されていること。
■登録の効果
①適法な交渉の申入れがあった場合には、応じなければならない。
 ・交渉は、職員団体と地方公共団体の当局とあらかじめ取り決めた員数の範囲内で、職員団体がその役員の中から指名するものと地方公共団体が指名するものとの間において行わなければならない。交渉にあたっては、職員団体と地方公共団体の議題、時間、場所その他必要な事項をあらかじめ取り決めて行うものとする(地公法55 条5 項)。このような事前の取り決めを予備交渉という。
②職員団体運営にあたって在籍専従職員を置くことができる。
 ・在籍専従制度は、職員のもっとも基本的な義務であるとされる「職務専念義務」の原則から原則的に禁止されている(地公法55 条の2)。
 ・職員は、条例(ながら条例)で定める場合を除き、給与を受けながら、職員団体のためその業務をおこない、又は活動してはならない(地公法56 条)


 以上が「混合労働組合」を困難にしている根拠の一つであるが、労働学者の中には、「 労働組合を結成した場合には、地公法上の登録制度ではなく、労組法上の資格審査制度によることになるから、資格審査をうけたかどうかは団体交渉の拒否や在籍専従制度には無関係であると同時に、労働組合として不当労働行為の救済申し立てを行う場合など以外には資格審査を受けることさえ必要とされていない。」(中山説)との見解がある。今回の東京高裁で明示した「複合性格説・二元適用論/労働者性」は公務労働運動のあらたな地平を切り開くツールとして充分検討されなければならない。